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インドはヒンズー教が強いが、国境を接するパキスタンと、さらにその北にあるアフガニスタンはイスラムが優勢である。テロ後、パキスタンは反テロを表明、政府としては米寄りの姿勢を明らかにし、その見返りとして1998年の核実験後から続いていた米の経済制裁は解除された。インドとパキスタンの対立も混迷を増し、特に国境を接するカシミール地方では、カシミールの分離・独立を主張するイスラム過激派組織とインド軍との銃撃戦が繰り広げられている。 アフガニスタンには多民族国家としての顔もある。アフガニスタン全域、およびパキスタン北部に主に住むパシュトゥン人が住んでおり、その一部が「タリバン」を構成している。反タリバンでまとまった、主にパシュトゥン人以外の民族による同盟が北部同盟である。当然、パキスタンには親タリバン、親ビンラディン勢力もいる。世論調査によればパキスタン国民の8割はタリバンを支持しており、反米・反政府デモが盛んになった。パキスタンのムシャラフ政権は、タリバン崩壊後をにらみつつ、米CIAの支援で「第三勢力」の支援を模索。タリバン穏健派をも盛り込んだ親パキスタンのアフガン新政府を待望している。インドは、北部同盟を支援しており、カシミールで戦闘しているイスラム過激派はビンラディンと密接な関係があるとみている。その過激派の有力組織「ヒズブル・ムジャヒディン」など8つの組織は、パキスタン北西部ペシャワルで会合を開き、統合組織「ジハード・フォーラム」を結成してアメリカとの聖戦にうったえることを確認した(読売9/27)。 パキスタンは「第三勢力」育成の切り札としてアブドル・ハク氏をアフガンに送り込んだが、処刑されてしまった(毎日10/27)。パキスタンからは約1000人のイスラム過激派義勇兵がアフガン国境入りした(産経11/3)。パキスタンのイスラム原理主義勢力「イスラム協会」はクーデター容認ともとれる発言をした。また、同協会のカジ総裁が自宅軟禁状態に置かれたことで、当局との対立が激化した(毎日11/5)。 国連のブラヒミ特別代表は、安全保障理事会に「タリバン後」の暫定政権のプランを提案。アフガン周辺国、米ロ、関心を持つ21カ国で会合を開き問題に取り組んだ。国連が支援しつつ緩やかに関与しながら、アフガン人による政権作りを目指すことになった(朝日11/15)。 また、ビンラディンが東南アジアから通販で炭疽菌を入手したのではないかとの説もある。10月25日付の英紙によると、インドネシアに拠点を置くビンラディン関連のグループが、約45万円で注文してビンラディンの手に渡った。エジプトで政府転覆未遂の罪で裁判を受けているアハメド・イブラヒム・アルナジアルが法廷で証言した内容だという(読売夕10/25)。 |