*タリバン政権完全崩壊 暫定政権の発足

*タリバン政権完全崩壊 暫定政権の発足

記事年月 2001年12月-2002年2月
号数 14
媒体 国外
大分類 【B-4. 中東・西アジア】
国名 アフガニスタン
トピック
記事タイトル *タリバン政権完全崩壊 暫定政権の発足
本文テキスト  アフガニスタンの首都カブールが11月13日に制圧され、22日には、南部の要衝クンドゥスでタリバン兵が投降合意した後も、タリバン勢力は、本拠地カンダハルからの撤退を拒否、抵抗を続けた。11月末から12月にかけて、攻防は大詰めを迎え、米軍の空爆と同時に北部同盟・部族勢力もカンダハルに進撃、激戦が続いたが、12月6日にタリバン勢力はカンダハルの明け渡しを決定し、タリバン政権は完全崩壊した。しかし、米中枢同時多発テロの首謀者とされるビンラディンの所在はつかめず、アフガン潜伏説・国外逃亡説・死亡説などの情報が錯綜。オマル師の所在もつかめていない。
    タリバン後の政権樹立へむけて、11月26日から、ドイツのボンでアフガニスタン主要四派による代表者会議が開かれた。会議では、首都カブールへの多国籍部隊の展開や、暫定行政機構の人選をめぐって、元国王派と北部同盟の主要二派の間の意見がくいちがう場面も見られ、調整が難航。12月4日未明に、ようやく新生アフガン国家樹立に向けた国連仲介の合意文書案に四派が同意。2002年3月を目安に、伝統的意思決定機関・国民大会議(ロヤ・ジルガ)を開催、2年後に新政権を正式発足させ、その間は暫定政権を設置し、国連主導の多国籍軍を受け入れることを決定した。暫定政権議長には、アフガン南部のパシュトゥン人有力者で、元国王派のハミド・カルザイ氏(46)が就任し、ボン合意の調印式が行われた。同22日には暫定政権が正式発足。就任演説でカルザイ議長はイスラム法の遵守、平和に向けた法治国家の確立、女性の権利向上や教育の振興、国際社会との協力を強調した(朝日・読売 12/23ほか)。
    1月に入ると、21・22の両日、約60カ国の閣僚級と関係国際機関の代表らによるアフガニスタン復興支援会議が東京で開かれた。会議では、アフガン暫定政権が、ボン合意に従ってアフガンの和解、復興及び開発のプロセスを追求するとの決意を再確認し、各国が具体的な支援策として巨額の資金協力案を示した(毎日 01/23)。次いで、2月には、カルザイ議長が8日にパキスタン、10日にアラブ首長国連邦を訪問、タリバン時代の外交関係の清算を進めた。一方で、14日の航空・観光相暗殺事件に見られるように、軍閥の内部抗争が依然として続くなど、問題は山積み。以後の半年の任期の間、カルザイ議長の手腕が注目される。
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