*オスロ合意崩壊 暴力の連鎖やまず

*オスロ合意崩壊 暴力の連鎖やまず

記事年月 2001年12月-2002年2月
号数 14
媒体 国外
大分類 【B-4. 中東・西アジア】
国名 イスラエル・パレスチナ情勢
トピック
記事タイトル *オスロ合意崩壊 暴力の連鎖やまず
本文テキスト  イスラエル・パレスチナ和平問題では、12月に入ってオスロ合意が無効化し、2000年9月の衝突開始以来、最悪の状態を迎えている。 米国務長官が中東和平への積極介入を表明し、和平交渉を本格化させようとしていた矢先の12月1日深夜から2日にかけて、エルサレムとハイファで、パレスチナ原理主義組織のハマスにより、28人が死亡する大規模な連続爆破テロ事件が発生。これを受けて、イスラエル軍は3日、報復としてヨルダン川西岸ラマラの自治政府アラファト議長府近くの施設を攻撃、議長は事実上の軟禁状態におかれた。翌日、イスラエル政府は、パレスチナ自治政府を「テロ支援体制」に指定。93年のオスロ合意を葬り去り、パレスチナ自治区への攻撃を激化させた。自治政府側は、過激派の取り締まりを強化し、5日にはハマスの創設者・精神的指導者であるヤシン師の自宅軟禁にまで踏み切ったが、イスラエル側の不信はとけず、シャロン首相は12日深夜、アラファト議長との関係断絶を決定。窮地に追い込まれたアラファト議長は、16日、パレスチナ民衆に対し、自爆テロを含む武装闘争停止の呼び掛けを行った。この呼び掛けはいったんは功を奏し、以後、約3週間にわたって、抗争は沈静化を見せた。 しかし、年明け3日、イスラエル軍がイラン製とされる大量の武器や弾薬を積載した密輸船「カリンA」を拿捕するという事件が起こった。同船の船長が、密輸には自治政府幹部が関与したとする証言を行ったことで、両政府は再び緊張状態に陥り、抗争が再燃。21日には、イスラエル軍がオスロ合意後はじめての自治都市全域占拠として、西岸のトゥルカレムを占領した。以後、イ・パ双方による「暴力の連鎖」はやむことなく続き、自爆・ミサイル攻撃を含め、連日のようにテロ・自治区侵攻の応酬が行われた。 2月に入っても、事態は膠着を続けた。こうした状況のなか、25日、サウジアラビアのアブドラ皇太子が、イスラエルがヨルダン側西岸とガザ地区から撤退し、パレスチナ国家樹立を認めれば、アラブ諸国がイスラエルとの外交関係を樹立する、という和平案を提示。イスラエルと米国、パレスチナ自治政府が前向きな反応を示し、同案が和平交渉復活の契機になるのではないかと期待する声も出始めた。
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