*シャロン元首相が死去
| 記事年月 | 2014年1月-3月 |
|---|---|
| 号数 | 62 |
| 媒体 | 国外 |
| 大分類 | 【B-4. 中東・西アジア】 |
| 国名 | イスラエル |
| トピック | |
| 記事タイトル | *シャロン元首相が死去 |
| 本文テキスト | 1月11日、アリエル・シャロン元首相(85)が入院先の病院で死去した。シャロン氏は1928年、現イスラエル中部のロシア系移民の家庭に生まれた。4度の中東戦争に参戦し、戦功をあげたのち政治家に転身。国防相だった1982年にはレバノン侵攻を指揮し、パレスチナ難民大虐殺を黙殺したとして非難された。2001年に首相就任し、テロ掃討のためとしてパレスチナ自治区にたびたび侵攻したほか、自爆テロ犯の侵入防止策として分離壁の建設を強行するなど、対パレスチナ強硬派として知られた。強引な政治手法から「ブルドーザー」との異名をとったが、イスラエル国内での高い人気を背景に2005年8月、ガザの入植地撤去とイスラエル軍撤退に踏み切り、国際社会から評価された。同年11月にはパレスチナとの2国家共存の方針を打ち出し、右派リクード党を離れ中道政党カディマを結成。しかしその直後の2006年1月に脳出血で倒れ、約8年間意識不明状態が続いていた(朝日1/12ほか)。1月13日にはエルサレムの国会などで国葬が行われ、出席した米副大統領は2005年の入植地撤退の決断を称えた(毎日1/14)。 |