*教皇の中東歴訪、宗教間対話訴え
| 記事年月 | 2014年4月-6月 |
|---|---|
| 号数 | 63 |
| 媒体 | 国外 |
| 大分類 | 【B-4. 中東・西アジア】 |
| 国名 | イスラエル |
| トピック | |
| 記事タイトル | *教皇の中東歴訪、宗教間対話訴え |
| 本文テキスト | 5月24日から26日にかけてローマ教皇フランシスコがヨルダンの首都アンマン、パレスチナ自治区ベツレヘム、聖都エルサレムの聖地を訪れた。中東歴訪の目的のひとつは東西教会の和解と協力の確認で、1964年、当時のローマ教皇パウロ6世と正教会のアテナゴラス・コンスタンチノープル総主教とのあいだで合意された歴史的和解から50周年を記念し、現コンスタンチノープル総主教のバルトロメオ1世とともに聖墳墓教会(ゴルゴダの丘の上に建てられたとされる)で合同礼拝を行った(毎日5/24ほか)。 教皇の中東歴訪には母国アルゼンチンのイスラム教、ユダヤ教指導者が随行し、最終日には現地のイスラム教指導者(グランド・ムフティ)、ユダヤ教導師(チーフ・ラビ)らと会談した。教皇は3大一神教の緊密な関係を平和構築の基礎とするよう呼びかけた(カトリック6/1ほか)。 エルサレムではイスラム教の聖地「アルアクサ・モスク」、ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」で祈りを捧げ、シオニズム(ユダヤ人国家建設運動)指導者のテオドール・ヘルツルの墓、(パレスチナ人による)テロ犠牲者追悼碑、ホロコースト記念館を訪れた。ヘルツルは1904年、当時の教皇ピオ10世にシオニズムへの支持を拒否されており、教皇が墓を訪れるのは初めてのこと(毎日5/27)。 |