*高円宮殿下ご逝去

*高円宮殿下ご逝去

記事年月 2002年9月-11月
号数 17
媒体 国内
大分類 【A-7.皇室】
国名 日本
トピック
記事タイトル *高円宮殿下ご逝去
本文テキスト  11月21日午後10時52分、高円宮憲仁親王殿下が、スカッシュの練習中に倒れ、東京都新宿区信濃町の慶応大学付属病院で手当てを受けていたが、重度の不整脈による心室細動のためご逝去された。47歳だった。高円宮さまはスポーツ愛好家で多くのスポーツ協会に関わり、2002年のサッカー・ワールドカップでは、日本サッカー協会の名誉総裁として共催国である韓国を訪れ、戦後初の皇族による公式訪韓となった(『ラーク便り』15号19頁参照)。喪主は妃殿下の久子さまで、23日には、近親者によってご遺体を白木の柩に納める「お舟入」があり、27日には宮邸で柩を寝室から表の間に移す「正寝移柩の儀」、同日および28日にお通夜が執り行われた。本葬に当たる29日の「斂葬の儀」では、午前に宮邸から棺を運び出す「霊車発引の儀」の後「葬場の儀」が東京都文京区の豊島岡墓地で営まれ、午後は、新宿区の落合火葬場で火葬の後、納骨、埋葬にあたる「墓所の儀」が同墓地で行われた。30日には「十日祭の儀」が営まれる後、「一周年祭の儀」まで五十日目、百日目などに節目の儀式が行われる(読売・東京 11/21)。
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