*ローマ教皇の動き

*ローマ教皇の動き

記事年月 2003年9月-11月
号数 21
媒体 国外
大分類 【B-7. 西ヨーロッパ】
国名 バチカン(聖座(Holy See))
トピック
記事タイトル *ローマ教皇の動き
本文テキスト  ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は、9月中旬までローマ郊外のカステンガンドルフォ離宮に滞在した。私的会見は行なわなかったものの、ミサでは欧州連合(EU)の憲法案にキリスト教の文言を求めるなど、政治的発言もあった(毎日 9/6)。9月11日からはスロバキアを訪問したが、挨拶文を読み上げることができず、スロバキア人司祭が急遽代読し、健康不安が懸念された。同24日には腸の不調により週1回の一般謁見の中止が発表された(朝日 9/25)。しかし10月5日のサンピエトロ広場では列聖式を主宰し、ふたたび元気な姿を見せた(読売 10/6)。同16日には同じ広場で即位25周年を祝うミサが開かれ「神は私に責任を果たすよう求めておられる」と語り、退位をあらためて否定した(日経 10/17ほか)。11月20日には、イスタンブールで起きた連続爆発事件に言及して、ローマ教皇庁から「野蛮なテロの論理は、罪のない人々の死と破壊しか招かない...テロは、人間の尊厳蔑視のもとに成り立つ」との声明を発表した(朝日11/21)。
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